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札幌 [旅行]

8月25日(木)26日(金)と一泊二日で千歳と札幌に行ってきました。
台風の隙間を狙ったように、さすがの晴れ女、札幌は久々の快晴、帰りは千歳が小雨でしたが、羽田は青空、と良い天候でした。両日とも吉方位を使ったのでついてる旅行でした。
ANAのパイロットもドライブ?上手で、往復ともなめらかな離着陸。
最近は空港が混んでいるせいか、急な離発着で離陸はいきなりの急上昇、着陸もドドンドンと
バウンドして滑走路につくような乱暴な操縦ばかり体験していたので、久々にうまいよ!
海外なら拍手もの、でした。
機長さんのご挨拶の仕方がきちんとしていたので、予想はできましたが。

さて到着すると10年ぶりのNご夫妻が迎えてくださり、空港の喫茶店で二時間もお話しできました。学者タイプでとても上品なご夫妻です。
平塚から札幌に移住して約20年、千歳市のマンション暮らしはエアコンなどめったに使わない快適さ。窓を開ければ涼しい風が入ってくる、しかも一戸建てじゃないので雪かき不要なのです。
ただご主人様は前の晩にゴミ出しをしようとして階段を踏み外し、ひびが入り、午前中は病院に行って杖を突きながら奥様が運転、わざわざ来てくださったので恐縮しました。
 夜は全日空ホテル、魚介塩バターラーメンの夕食後、猫を8匹も飼っておられるメル友女性が来てくださり、初めてお会いしてお話しできました。彼女のお仕事を通してみた今の日本、危うい、ということに同感でした。
彼女の案内でホテルから徒歩五分のテレビ塔へ。
90Mの高さということですが、古くてびっくり。ただ、展望台も景色が見えづらいほどに筋交いの柱が通っているので、耐震は大丈夫そう。
前の江の島の塔と横浜の昔のマリンタワーを思い出しました。規模は違うけどエッフェル塔にも似ています。がたがたとしたエレベーター。
大通り公園を散策し、カップルなどがベンチに座っていたり、散策していたり、と夜の9時過ぎでも
人が多かったので危険はなく安心して歩けました。景色としては少し海外みたいですね。
 翌朝は北海道神宮に行きたかったのですが、小雨で時間もなかったのでパスして窓からご参拝。
10時半ごろに厚別区の天野CAFEさんにお邪魔しました。
1時半までに6人の方々の占いや前世透視をさせていただき、美味しい珈琲をいただいてまいりました。旅行前からお腹を壊していたので、前日も朝と昼は抜きで夕食にやっとラーメンを食べられたのでした。当日も朝食バイキングだというのに正露丸を飲みつつ用心して、おかゆと梅干、味噌汁を少しだけでした。旅行前の予定では朝食にお昼の分まで食べるぞと意気込んでいたのですが。
ところが天野さんの珈琲を飲んだとたんに、美味しい珈琲が溶けるように全身にいきわたり、治ってしまったようです。甘露とはこのこと?
 天野さんはお話ししているだけで癒し効果のある素敵な女性なのですが、彼女が焙煎したコーヒーは苦みがほとんどなく、本当にヒーリング効果があると思いました。人気の理由です。
お店の営業は木金土の10:30から15:00まで、ですが
全国配送もしてくださるそうですので、厚別区の天野珈琲さん、ぜひお試しください。
フェイスブックにページがあります。
 天野カフェでは、風水師の大谷さんご夫妻にもお会いすることができました。
北海道のテレビに出演されたりして有名な方。
「北海道のパワースポット」という本やDVDも出版しておられます。
大谷さん自らが風水パワーを取り入れた「風水ブレンド」という珈琲も販売しています。
本当に運が良くなるし、美味しいです。
昨年平塚では、信じて飲んで翌日に宝くじに当たった人もいました。

午後3時半に新千歳空港を離陸、寒いのでジャケットを羽織っていましたが、羽田についたとたんに
31度の蒸し暑さ、北海道のほうが住みやすそうです。
不動産やアパートの家賃も安いし、札幌には何でもあり、東京をきれいにしたような都会なので不便はありません。
 北海道の人は町で道を聞いてもお店でもホテルでも出会う人みなさんがゆったり、やさしく親切でした。おおらかさは大陸的なのかな。次回はもっとゆっくり行きたいところです。

エピソード:
夜の8時前に駅からタクシーで家に向かうと東名高速を渡った信号で、運転手さんが、ほら、タヌキだよ、とライトを照らしてくれました。ゆうゆうとわたるタヌキ、お帰りと言ったかどうかわかりませんが、我が家の周囲は野生の王国。でも秋葉原の出世稲荷、柳森神社の守護神はタヌキですから、これは縁起がいいと思いました。




野良猫 [旅行]

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下の写真は
8月前半に平塚大原総合公園にいた野良猫です。
人が近づいても動かないので死んでるのかなと思っていたら、動いたので生きていました。

佐治晴夫氏とバッハのプレリュード [宇宙]

レイラインハンターという内田一成さんのブログから、佐治先生の講演について引用させていただきます・・・(私よりずっと文章が上手いですので)(^^)

「第二次世界大戦末期、ドイツに駐在の外交官だった父親とともに、佐治少年は日本海軍の潜水艦に乗って、祖国へと戻ってきた。

 その航海の途上、潜水艦はスクリューを回すバッテリーに電気を充電するためにインド洋に浮上する。360度、 何も遮るものない絶海にポカリと浮かび上がった潜水艦のブリッジに立ち、水平線に沈み行く夕陽と向かい合う。それが、 宇宙を意識した瞬間だったという。

 その後、佐治一家を無事に日本まで送り届けた潜水艦は、乗組員ともどもミッドウェーで海の藻屑となった……。

 自然=宇宙の巨大な営みと、そこに生きる人間の儚さ……無垢な少年の心に刷り込まれた二つのイメージは、後に、 宇宙を構成する"ゆらぎ"の理論となり、宇宙船ボイジャーにバッハのプレリュードを録音したゴールドディスクを搭載することになり、 映画"コンタクト"で音に凝縮された異星からのメッセージへと繋がっていく。

 那須の森に囲まれた二期倶楽部の講堂、 地元特産の大谷石に囲まれた堂内で、佐治さんの声は、まさにプレリュードのように響き、言葉が緩やかな波となって細胞に染みこんでくる。

「『自分』とは、『自然』の『分身』という意味ですよね。宇宙を探求することは、自分とは何かを追求することなんですよ」

 宇宙物理学者というと、気むずかしい理論家を想像するが、佐治さんは身近な言葉で、『人間とは何か』を優しく語っていく。

 自然を感じ、自らもその一部であることを実感する……環境問題も戦争の問題もまずそこからスタートしなければ、 単なる空論に終わってしまう。そんなことをずっと思ってきたこともあって、壮大な宇宙とその出発点であった一粒の光、 宇宙を構成する基調定音である"ゆらぎ"といった「専門」の話が、すべて人間探求に繋がっていく佐治さんの話は、 宇宙物理学をとても身近なものに感じさせてくれた。

 バッハのプレリュードが数学的に完璧な構成の音楽となっていて、だからこそ、 宇宙の共通言語としてボイジャーに搭載することになったこと、それを自らの独特の奏法でピアノを弾きながら、最後に語ってくださった。
 一つの音の中に含まれる様々な音素が大谷石の堂内に反響する……目を瞑って、その音のゆらぎに身を委ねていると、今、 はるか外宇宙を旅しているボイジャーと一緒にいるような気がしてくる。」

以前に読んだ佐治先生の著書の中でおすすめは「星へのプレリュード」「ゆらぎの不思議」など。
最近は「14歳のための物理学」「14歳のための宇宙授業」「永遠という今を生きよう」などが
人気のようです。



永遠という名の「今」を生きよう!: 人生が変わる希望の特別講義


14歳のための時間論


14歳のための宇宙授業: 相対論と量子論のはなし


14歳のための物理学


ゆらぎの不思議―宇宙創造の物語 (PHP文庫)


札幌での占いミニイベント [占い]

来週になりますが、札幌市厚別区の天野珈琲さんにお邪魔してご希望の方に占いをさせて
いただきます。
8月26日は同じですが、前にお知らせした時間と変わりますので、よろしくお願いします。
午前10時から午後1時までとさせていただきます。
場所は天野珈琲さんの店名でフェイスブックがありますので、どうぞご覧ください。


宇宙との「コンタクト」 [天文]

ジョディ・フォスターが主演した映画「コンタクト」についても、日本の宇宙物理学者でNASAの特任研究員の佐治晴夫さんが助言と大きな影響を与えました。
2004年、佐治さんが宮城大学の教授から三重の短大の学長になられるときに藤沢の教育センターで講演を聞いて大いに感動しファンになったことを思い出します。
佐治先生は大好きなパイプオルガンがあるからと立教大学の数学科へ進学後、東京大学大学院で物理学を専攻。さらに、東京大学物性研究所へ進み、佐治先生は、なにもないところからの宇宙創生に深くかかわる「ゆらぎ理論」の第一人者となります。
松下電器東京研究所で「1/fゆらぎ扇風機」や「VHS3倍速モード」といった製品を開発。(松下電器はそのおかげで扇風機が売れビデオも売れて莫大な利益を得たそうです。)
もちろん佐治先生も優遇されたと講演では笑顔でお話しされました。

数々の大学で教授を務め、2004年から2013年までは鈴鹿短期大学の学長として短大の経営危機を乗り切る仕事に取り組みました。
その一方、NASAの客員研究員として学んだ宇宙研究の成果を“平和教育へのリベラルアーツ”と位置づけ、全国の学校への授業行脚も行っています。
宇宙物理とともにパイプオルガンの名演奏家で音楽にも造詣の深い佐治氏はSETI(地球外生命体探査)の設立に関わり、NASAの客員研究員としてボイジャー計画に携わりました。(以下は2009年の講演を聞いた人のブログから引用させていただきます)
「ボイジャー2号は、1977年に打ち上げられて様々な惑星・衛星を観測し、昨年9月には太陽圏を脱出したことで大きな話題となりました。空の彼方で、人がつくったものがそんなに遠くへと旅をしているなんて、なんだか不思議ですね。
このボイジャーには、55の言語による挨拶や、地球上の様々な音を収録したレコードが搭載されています。そのうちのひとつ、バッハの「プレリュード」は、理論物理学者の佐治晴夫先生の提案によって搭載されました。
ボイジャーは何千年も何万年も飛び続け、いつか本当にETに出会うかもしれません。ボイジャーに搭載したレコードには、半減期が40億年以上のウラニウム238が塗ってありますが、これは、今から40億年以内にETに遭遇したとき、いつ、どこからやってきたメッセージなのかがわかるように、時計として塗られているのです。そのころ、地球人類はもういないかもしれませんけれどね。」

私が講演で聞いて印象的だったのは、人類の発祥は宇宙のかなたのある星であることがほぼわかっている、同じたんぱく質があるかどうかを調査分析してわかったそうです。
宇宙のかなり遠くから地球へ飛来したものが人類として進化したらしく、地球から生まれたのではないということは意外でした。


14歳のための宇宙授業: 相対論と量子論のはなし


14歳のための時間論


からだは星からできている


地球最後の日 [映画]

メルマガの読者様から「神の鉄槌」が映画「ディープインパクト」の原作であるということを教えていただき、今まで全く知らなかったので感謝しております。そこでWikipedia で調べてみると、「本作の起源は、フィリップ・ワイリーとエドウィン・バーマーが1933年に共著で発表したSF小説『地球最後の日』、および1951年にパラマウント映画によって製作されたその同名の映画化版(邦題は『地球最后の日』)である。1970年代の中頃、この映画のリメイク権をパラマウント映画から取得。監督ジョン・フランケンハイマー、アントニー・バージェス脚本で製作準備に入ったが作業が進まず、結局計画休止状態に陥ることとなった。

一方、彼らとは別にアーサー・C・クラークの短編SF小説『神の鉄槌』の映画化をスティーヴン・スピルバーグ率いるドリームワークスが計画していた。

これら2つの作品はいずれも地球へ迫り来る天体の恐怖を描いているため、同時期に完成すれば激しい競合を招くことになると容易に想像できた。このため2作の製作計画は最終的に統合され、製作はザナックとブラウン、監督はスピルバーグ、配給はドリームワークス・パラマウント共同というかたちで再スタートした。
しかし、監督として予定されていたスピルバーグは同じ頃『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』、『アミスタッド』、『プライベート・ライアン』とスケジュールが埋まっており、本作に時間を割くことが非常に困難であった。こうした事情から、彼は監督を辞退してエグゼクティブプロデューサー(製作総指揮)に退き、かわりにドリームワークス第一作『ピースメーカー』を監督したミミ・レダーが新たに迎え入れられた。約20年にもわたる紆余曲折を経た本作はここにきてようやく、撮影開始にこぎつけたのである。」ということがWikipediaに書いてありました。
そこでyoutube やアマゾンで「地球最後の日」と「神の鉄槌」を調べてみると確かにどちらも結末は違うのですが、似ていますので成程モチーフになったのですね。
Deep Impact が1998年公開ということを考えると、1992年に木内鶴彦さんがスイフトタットル星を130年ぶりに発見し、それが2126年8月に地球に接近してくるということをアメリカの学者とともに発表したことは映画製作の大きな動機になったであろうと思われます。
それにしても「地球最後の日」の結末は怖い!

木内さんの著書で確認してみると、「宇宙の記憶」67ページに新聞記事のコピーがあります。
2156年8月15日前後、スイフトタットル彗星の大きさは直径20キロくらい、
(直径0.5キロの彗星でも一万メガトン級の爆弾と同じ威力で広島原爆の一万7千倍、全面核戦争と同じ規模に相当する、直径20キロとなると6500万年前に恐竜が絶滅したと同じくらいの破壊力)
「臨死体験が教えてくれた宇宙の仕組み」では186ページに記載があります。
ほうき星の頭の部分をこまというのですが、そのコマには宇宙の塵が含まれていて衝突は免れても、月よりも地球に近い七万キロの処を通過するときに地球は飲み込まれて、塵と大気との摩擦熱が2千度にも達する。
つまり、一瞬にして地球上の生物は消滅してしまう。
NASAやスミソニアン天文台からは木内さんに連絡が良く来るそうですが、100年後といっても、すぐに準備を始めないと間に合わない、ということで回避と観察のために宇宙ステーションの建設も始まったそうです。191ページに唯一の回避の方法を書いてありますが、その準備も着々と進められているようです。


地球最後の日 (創元SF文庫)


「臨死体験」が教えてくれた宇宙の仕組み


生き方は星空が教えてくれる


宇宙(そら)の記憶―彗星捜索家の臨死体験


中華街と関内 [日記]

今日は一年ぶりくらいに横浜へ行き、台風が近づく中、中華街と関内を歩いてきました。
夜には接近というので午後6時までには帰宅が目標で、午前10時半ごろ出発。
小田急線、相鉄線、JRを乗り継いで、石川町駅から徒歩五分で中華街へ。
中華学院の間の道を通って西門から大通り。
西芳という雑貨やさんから左へ曲がると目当ての来シャン尊という小さな中華料理店です。
12時前だったからか空席があり、お料理もすぐに持ってきていただけました。
すぐに満席となり、10人くらいのグループが来ると二階席に案内されました。
Aランチは牛肉とピーマンの細切り炒めとご飯、シュウマイ、漬物、杏仁豆腐で650円、
10年以上同じ値段で申し訳ないほど。牛肉とピーマンも食べきれないほどなので
予想していて家から持参のパックに残りを収納し、帰宅してからも美味しくいただきました。

お盆休みのせいか混雑する通りをあちこち歩いてお茶などいろいろ買ってしまいました。
昔、半年ほど出勤していた占いの店は(関帝廟の向かいにあるビルの中)今も元気でした。
同期の占い師さんはもういないようです。
お隣が東北大震災後亡くなられた元女優の山口美江さんのお店でした。
話したことありますが本当にきれいな陶器のお人形のような人でした。
関帝廟にお参りしようと思って階段を上ると本殿の前でお参りするには2千円のお線香を買わないといけないと書いてあり、それはちょっと無理と思って階段の上からお参りするだけにしました。
さて、横浜行きの本来の目的は関内のあるお店です。
去年フィリピン人の英語の先生にもらったサンプルのクリームがとても良かったので今年の別のフィリピン人先生に 聞いて 関内にフィリピン雑貨店があると地図まで書いてもらったので行ってみました。 MYRAというクリームですが、とてもなめらかで使いやすいのです。
ところがなかったので代わりに ココナッツジュースと別のクリームを買って帰宅しました。
帰宅して開いてみると、タイの蜜蝋を原料とした物で350円なり、これもなかなか良い感じです。
その店は関内のホテル街に近い福富町という町にあり、フィリピン食品店としては有名みたいです。
ドラゴンフルーツとか冷凍の魚がいろいろ、タイのような魚があるのでよく見るとテラピアと書いてありました。 ジャガイモも10個100円、玉ねぎも五個100円と激安でしたが中華街であれこれ
買ったのが重くてジャガイモまでは持てませんでした。
 すぐ近くにある映画館、マイナーな映画ばかり上映するテアトル横浜が元気で上映中だったので
良かったです。
その向かいに大きなブックオフがあり、中で30分以上過ごして、桜井誠氏の本があるか探してみましたが、ないので売り切れ状態のようです。代わりに文庫本を二冊買ってきました。
伊勢佐木町では三越がなくなって由緒あるビルが競馬の馬券売り場になっていたことも時代の流れでしょうか。
電車の中は行きも帰りもお子様が多く、夏休みですね。
ベビーカーに乗せられた赤ちゃんが電車の中で突然大泣きを始め、それが昔の電車のベルよりも
大きいのでホーム全体に響くほど、小さいのによくあんな声が出るのは元気な証拠ですね。
横浜では歌舞伎のような化粧をした女の子や蝶ネクタイをしてベレー帽をかぶった芸人みたいな男性やら、人間ウォッチングは飽きないものでした。
久々の一人遠足は楽しかったです。台風のせいか蒸し暑かったですが。

smap 奴隷解放おめでとう [芸能]

今年はまさしくヨベル=奴隷解放の年。
スマップも一月の解散騒動の時にもう解散すればいいのにと思ったのですが、事務所の引き留めで留まったそうです。
でもいくらなんでも五人の選抜グループが28年も枠にはめられて一緒に行動するなんて無理。
少年のダンスと歌のユニットとしては、10年も持てばいいほうなのに、25年も活動を共にするなんて奴隷状態、籠の鳥でしかない。
事務所はドル箱を放したくないのでしょうが。
鳥だって歌わない自由、籠から出してもらって空を飛ぶ自由がある。

英語でジュビリーは解放の喜びを表します。
ようやく事務所の鎖から解放されて、一人の大人として活動できるようになった。
外へ出たいといえるようになった、今まで相当つらかったと思いますが、おめでとう!

天皇陛下も、ようやくご自分のお言葉で自由になりたい、解放されたいとお気持ちを述べられました。
会社員だってたいてい60歳が定年だというのに、80歳過ぎまで天皇の地位に縛られて仕事も年中あるとは、国民はみんな退位OKだよとアンケートに答え、ドイツ人ですら、天皇に同情している。
というのに宮内庁は秋には検討するだなんて遅すぎるでしょう。
政府もいろいろ法律や条文を変えなくてはならないから面倒くさいとか、いつまでも頑張れおじいちゃんて感じでこき使うつもり、人情はないのでしょうか。

天皇様も心臓手術までしているのだから、もっと行事を減らしてとか、今日は昼寝していたいから
パスします、とかまじめだから言えないでここまで来てしまったのかしら。

どちらにせよ、今年はヨベルの年だから天皇様も解放されるに違いないです。

解放といえば、肉体のしがらみ、病気の体からの解放をされて天に召された大橋巨泉さん、
永六輔さん、天国でお互いにヤアヤア、あんたも来たの?と話し合っているのではないかしら、
ご冥福をお祈りします。



世界に一つだけの花


Smap!Tour!2002! [DVD]


Deep Impact [映画]

 おとといの金曜日は家族の通院につきあって伊勢原の東海大病院へ行ってきました。
いつも駐車場の入り口にあったヘリコプターが消えています。
そういえば先週、秦野市で交通事故にあった高校生を救助しようとヘリコプターで五人の医師らが
向かい、着陸の時に尾翼が接触して壊れたというニュースがありました。
5メートルから落下し医師のケガはなかったそうですが、10億円もするというヘリは壊れてしまったようです。
すぐに救急車で搬送されたけれども、という高校生のご冥福をお祈り申し上げます。
伊勢原の私立高校生、テニス部だったようです。
伊勢原の東海大病院から秦野までは10~20キロ程度なのですが、いつも国道の渋滞がひどく、
う回路もごちゃごちゃしているからヘリコプターとなったのだと思います。残念なことでした。

今日はBSの日テレで映画Deep Impact を見ました。
1998年の映画ですから、何度目かですが、忘れている場面もありました。
二つの隕石が地球にぶつかる話、最初の小さなのがぶつかり、全世界を津波が襲って数百万の人の命が失われ、都市が破壊されます。
二つ目の大きな隕石がぶつかると地球壊滅なので、ロケットで隕石に向かった乗組員らは画面から地球の家族に別れを告げて、隕石にロケットごとぶつかっていって破壊し、地球を救います。
主人公のニュースキャスターの女性は、父母が離婚していて一人暮らしの母はどうせ死ぬならと美しく化粧をして自殺、父は再婚した若い女性と別れて一人となり、その父とキャスターは海岸で覚悟して津波に襲われてしまいます。
若い恋人たちは後ろから来る津波を見ながら、手に手を取って山の上に逃げて助かります。
この場面は東北大震災の時の場面と同じでした。

この映画は彗星探索家の木内鶴彦さんの話をもとにスピルバーグ監督が作った予言のような作品ですから架空の夢物語、フィクションではなく、半ばリアルな未来です。
木内氏の軌道計算によると、確実に21**年の*月*日に彗星が地球に接近して来るそうです。
おそらくその時期に木内さんが生まれ変わっていて、地球防衛軍を指揮しているらしいのですが、
その時期に私も生まれ変わっていて彗星の衝突を見たいような、見たくないような・・・、
皆さまはいかが思われますか。


「臨死体験」が教えてくれた宇宙の仕組み


(文庫)生き方は星空が教えてくれる (サンマーク文庫)


生き方は星空が教えてくれる


西城秀樹:オーラの泉 [不思議系]

暑さでぐったりの猫です
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youtube で10年前のテレビ番組オーラの泉を次々とみております。
昨晩は西城秀樹でした。
皆さまご存知の通りの大スターはお父さんに反対されて家出のようにして芸能界に入ったそうです。
けれどもひそかに応援していたお父さんとの愛と別れ、
大ヒット、YMCAが出る前に西城さんは不思議な夢を見たそうです。
手のひらいっぱいに金の粉がついている夢、
そして幽体離脱して自分の体を下に見て、いけない、と思ったら自分の体に戻ったこと。

結婚してから子供もできて、頑張らなくてはと思って体幹トレーニングなど厳しい練習を
水も飲まずに頑張った結果、脳こうそくになってしまった。
言葉が出ない、動作が遅れるなど、歌手にとっては致命的な障害を3年の厳しいリハビリで
回復したこと、
それから人生観が変わった。
水の入ったコップに手を出して飲めることの幸せ、
花や生き物がかわいいと思えるようになったこと、
生きているだけでも幸せと思えるようになったこと、
常に変わらぬ愛で支えてくれた妻への感謝、
病気になったからこその感謝がいっぱいの人生になったようです。

スターなのに、気取ったり威張ったりしないで素直にリハビリに励んだ西城さん、
その素直さと純粋さが彼の命を救ったのだと思います。