So-net無料ブログ作成
検索選択

ハーバードと東大に合格した勉強法 [教育]

 10月6日は平塚のララポートが開店の日でした。
市役所の東側、日産車体が撤退した跡地に大きなショッピングセンターができたわけですが、そこから5キロも離れた北豊田の道路にまで「ララポート満車」という看板を持った人が立っている有様。
混雑ほど嫌いなものはないので、初日に殺到する人の心理がわかりません。
道路にも入場を待つ車が渋滞していたようでした。
午後から時間があったので買い物に行こうとララポートへの道路とは離れた道を通って海岸のオリンピックに行ってきました。駐車場にはもちろんスムーズに入れて、中を見ればユニクロは閉店していて、スタバも二か月も前から閉店して後の店はドトールになっていました。もともとユニクロには行かない、買うなら島村派、スタバの珈琲は濃すぎるのでもともとドトール派ですから、むしろすいていたオリンピックは歓迎です。すいすいと買い物をしてきました。
半年か一年たって、ララポートがすいてきたら行ってみようかとも思いますが今のところ行く気はなしです。
 さて、日ごろ、受験校で宿題の多さに苦しむ高校生を見ているので、どうしたものかと思っていました。すると東洋経済オンラインで面白い記事を見つけ、画期的な勉強法を知りました。
今の受験校は親切が過ぎて膨大な宿題を課しています。
そのため、生徒は時間がないと嘆いています。たとえば、部活から帰宅して夜の九時、食事と風呂で
10時、寝るまでせいぜい2時間しかないのに英語も数学も社会も課題プリントを出すのでまともに
こなすと4時間はかかる、睡眠時間を減らすしかないというのです。
 英語にしても、長文読解の問題を週末に課して、解答も配り、自分で丸付けをして月曜に提出というのがほかの受験校でも慣例となっています。
 ところがハーバードと滑り止めの東大に合格したという大分県立高校卒のすみれさん、そのお母さんの進める勉強法が画期的でした。
課題に先に解答を書き込んでしまうのです。そしてそれを覚えてから提出するのです。
たいていの生徒は真面目ですから、一問ずつ解いていって、一番できない、二番わからない、三番知らない、となり、ストレスはたまり、苦手意識が高まるだけです。
ところが解答を先に書き込む方式ですと、そのストレスがたまりませんし、何よりも時短になるわけです。ちゃんと勉強して提出するのですから、カンニングではないし、インチキではないし、方法が逆だというだけで能率的なら、そのほうがいいのではと思いました。_____

県立高校から現役でハーバード大学合格、滑り止めの東大にも合格、
小中高と学費50万円、塾には通ったことがない家庭学習の方法とは?
 「東洋経済オンライン」から母、ひろつる真理さんのコメントを転載しました・・・
「2012年、一人娘のすみれが地元大分の県立大分上野丘高校から米ハーバード大に現役合格しました。当時、ハーバードを受験することは、ほとんど公言していませんでしたから、学校の先生も同級生も、かなり驚いたそうです。
おかげさまで娘は今年5月、ハーバードを無事卒業、9月からはニューヨークのジュリアード音楽院の修士課程に進んでいます。

地方の学校から海外のトップ大学に合格するのは、生まれつき優秀な学力を備えた、「特別な資質を持つ子の事例」のように思われるかもしれません。しかし、親が学校や塾に勉強を丸投げしないように意識を改めることから始めれば、スポーツや芸術分野では当たり前の「海外進学」が、一般の大学選びにおいてもこれからの時代の進路選択のひとつになると私は思っています。

特に、ハーバードのように奨学金が充実していて、入試が学部ごとに分かれておらず受験生全員が同じ試験というのは、まず学部を決めてから入試に取り組む日本の高校生に比べると、進路決定に数年の余裕がもてる点でありがたいことだと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もちろん、最初から確固たる教育理論など持ち合わせていたわけではありません。娘を妊娠したときから、私は家庭学習の準備を始めました。学術書を含めて、育児本を200冊ほど読むことからスタートしたのです。

時間を自由に使える幼少期は、家庭学習の機会にあふれています。特に力を入れたのは、私自身が好きだった英語と音楽です。娘が0歳のときから英語と日本語の絵本を「読み聞かせ」して、2歳からは娘1人でも読める市販の教材や手づくりの絵本で日本語と英語の読み方を教えました。

バイオリンも2歳からはじめ、その後、演奏会で披露したりコンクールで入賞したりしました。「バイオリンを習わせていた」というとお金持ちだと思われそうですが、わが家は地方都市・大分の平均的な家庭です。

娘にバイオリンを習わせることができたのは、幼稚園は年長の1年だけしか通わなかったこと、それに塾通いを一切しなかったため、学費を抑えられたことが大きいです。小中高すべて地元大分の公立校で、その12年間通算の学費はたった50万円ほどでした。
<<<<<途中省略>>>>>>
娘が6歳になるまでに私が教えたのは、日本語(漢字)、英語、算数、音楽、体力づくり。大分のような地方都市では珍しく自動車免許を持っていない私は、普段からよく歩くのですが、娘が幼い頃は毎日のように2人で散歩しました。

子どもなら散歩でも十分体力づくりになりますし、歩きながら道ばたの草花を愛でると、季節の移ろいを味わうこともできます。

私は「子どもは未来人」だと考えてきました。未来からやってきた子どもたちからみたら、今の世界は“自分たち未来人のまったく知らない、遅れた文明の世界”です。今の地球の仕組みをまったく知らない彼らに、「ナゼこんなこともできないの」「何回やってもナゼできないの」と言ってもムダです。>>>>>>>>>>>>>>>>>>
私は娘に学校の勉強は平日にこなし、週末は学校の勉強ではなく、「人生勉強」をするように幼い頃から促していました。
私自身は学校の勉強を重視していなかったのもあり、娘に提案したのが「学校の宿題は解かずに答えを丸写ししながら丸暗記する」ことでした。
先生が生徒を信頼して、解答つきの問題集をそのまま配布し、それを宿題にすることがあります。そこで答えを丸写ししつつ丸暗記。答えを暗記してから提出するので、決して「サボった」ことにはなりません。問題を解く時間をカットして理解を優先したまでです。
ただし、宿題を拒否するのは社会のルールに反するので、きちんと提出すべきでしょう。ならば宿題の本来の目的である「学習」をすればよいわけで、解くと時間がかかる問題は丸写し&丸暗記すればよい。こうして余った時間は有効に使うのです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そういえば、中学校の時にクラスで勉強が一番だった正子さん、さわやかで頭の良い美人でした。
やはり答えを先に書いてから問題を見る、同じことだから、といっていたような・・、その時、
えっと思ったことを思い出します。
福原愛さんも、お母さんが数学の勉強の時に、答えを先に書かせてから解き方を考えさせたと言ってました。時間がない愛ちゃんにとっては時短の勉強法なのですね。だから中国語も賢い方法でマスターしたのではと思います。



世界に通用する一流の育て方  地方公立校から<塾なしで>ハーバードに現役合格 (SB新書)


世界に通用する一流の育て方 地方公立校から〈塾なしで〉ハーバードに現役合格 (SB新書)


日本をダメにしたのはスパイのせいか? [教育]

初め、井口和基氏のブログから知ったのですが、男性向け週刊誌に以下のような記事があったそうです。
最近、日本の大企業や官公庁などをダメにしているのはこういうことかと悟ったような気がします。
別の渡辺さんという人のブログから記事を転載させていただきます。
日本は確かに戦後、アメリカの占領下となり、その後自由になったように思わされていますが、
「日本永久占領」という本や「日本属国論」にあるように、裏から支配され、米軍基地が各地にあって、
いつでも又占領下に置くことができるようになっています。
東北大震災の時も、官邸には総理の上にアメリカ人がいて支持をしていたそうで、今もいいなりの属国、占領国のようです。
では、国内を操作するのは誰かというと、CIAのようなのです。
学校という組織を数十年見てきて、ここ10年から20年、顕著になってきた学校組織の崩壊ということが以下の項目の
ためだったかと納得できます。
学校にもCIAがいたのでしょうか?いや、今もいるのかしら?
現場ではなく、おそらく学校に命令を下す所にいるのかもしれないと思います。
・・・転載始め・・・
「組織をダメにさせるCIA「サボり方ガイド」の的確さに唸る
相手にバレないように、組織をダメにするのが、スパイの仕事ですからね。2008年に公開されたそうです
(正確に言うと、CIAの前身組織、『Office of Strategic Services』の作成文書です)。

●「注意深さ」を促す。スピーディーに物事を進めると先々問題が発生するので賢明な判断をすべき、と
「道理をわきまえた人」の振りをする。
●可能な限り案件は委員会で検討。委員会はなるべく大きくすることとする。最低でも5人以上。
(注*20年前に、ある公立高校では40人の教職員に対して、20の委員会があり、
一人がいくつもの会の委員を兼ねていて、 週に一度か二度は委員会の会議に出なくてはならない。
何か不祥事があると、その対策委員会ができて、委員会はぼこぼことできるので減ることはない。
委員会を開いて会議をすることで、対策しているという言い訳になるらしい。
そのために本来の教材研究や生徒との対話、指導の時間はない。)
●何事も指揮命令系統を厳格に守る。意思決定を早めるための「抜け道」を決して許さない。
●会社内での組織的位置付けにこだわる。これからしようとすることが、本当にその組織の権限内なのか、
より上層部の決断を仰がなくてよいのか、といった疑問点を常に指摘する。
●前回の会議で決まったことを蒸し返して再討議を促す。
●文書は細かな言葉尻にこだわる。
●重要でないものの完璧な仕上がりにこだわる。
●重要な業務があっても会議を実施する。
●なるべくペーパーワークを増やす。(パソコン内で済むことでもペーパーにして何度も点検をして印鑑を押すことが増えた。
数段階の点検をする。)
●業務の承認手続きをなるべく複雑にする。1人で承認できる事項でも3人の承認を必須にする。
(学校のテストの処理や成績の点検など何重の承認と点検が必要になった)
●全ての規則を厳格に適用する。 (どうでもいいことも細かくなったことは確か)

……というようなものです。
どうですか? これが、CIAの前身組織が、「敵国の組織をダメにするために実行しろ!」と定めたマニュアルの一部なのです。

◆あなたの会社にもスパイがいる!?

 今、日本でこのマニュアルに当てはまらない組織は本当に少ないと思います。大企業やお役所になればなるほど、
ずっぽりとこのサボタージュ・マニュアルを実行しているはずです。

 僕は自由業なので、「可能な限り、案件は委員会にして、最低5人」という記述に、特に唸りました。

 企画会議や製作者会議なんてのは、5人以上になると訳が分からなくなって、間違いなく、失敗するか平均を
取った凡庸でつまらないものになるのです。けれど、みんなそれが一番いい方法だと信じて実行しているのです。

 大企業なら、みんな真剣に「注意深さを促す」ことや「業務の承認手続きをなるべく複雑にすること」に集中しているはずです。

 お役所なら、これまた熱心に「指揮命令系統を厳格に守る」とか「組織的位置づけにこだわる」なんてことを積極的に
進めているはずです。 まったくの正当性を持って、少々の不自由さは感じても、組織をダメにしようなんて明確に
思いながらやってる人はいないと思います。
 僕は、あんまり感動したので、このページのURLを張り付けてツイッターで呟きました。
 続々と「こ、これは俺の会社じゃないか!」というツイートが帰ってきました。
 僕は、答えました。
「そうですか。それなら、あなたの会社には、CIAのスパイがいるんです!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 以上、転載終わり


岩手中学生の自殺について [教育]

岩手の中学二年生が鉄道で自殺をしてしまい、テレビ話題になっています。
尾木先生の怒りに全面賛成です。そして斉藤一人さんが、10年も前から力説していることが正解だと思います。それは、そんな学校へは行かせないということです。
日々、死ねと言われて殴られるような場所へ行かせるのは、親が子供に塗擦場へ行ってこい、死んで来いというようなものです。親は子供の命を守りたいなら、校長も教育委員会も、担任も誰も守ってくれない残酷な場所へ行かないと決めることは基本的人権を自分で守る、防衛することにほかなりません。親が、その子供と担任の生活記録、いわばデスノートに気づいたのが死後だったとは残念なことです。両親が離婚して母はいない、父親は店で忙しい、ということで子供の危機に気が付かなかったのでしょうが・・・

何度も書いたかもしれませんが、一人さんは、中学へ行ってません。一年になったとき、あ、おれは英語いらない、方程式も必要ない、と悟ったそうです。小学校から体も弱かったので休みがち、中学でも朝寝坊して昼頃に登校、友達とワイワイ盛り上がって、遅刻の遅れを早退で取り戻すと、すぐに帰ったそうです。中学の卒業式には出席して、これでやっと国民の義務は果たしたと、ほっとして嬉しかったとか。それから、整体師をして、体の弱い人のためにと、青汁を開発し、太った人のためにスリムドカンを開発し、次々とサプリメントを開発して売り、日本一の納税者、200億の資産家になったわけです。
振り返ってみて、確かに海外との取引はないから、英語は必要ないし、方程式を使う機会もないから、中学も行かないでも何も不自由ないとか。
 実は斎藤一人さんのお母さんが偉い人です。

斎藤一人さんの「母の教え」というテープは今では youtube で聞けますが、その内容をご紹介しますと・・・・
虚弱で学校に行かない一人さんに、小学校の時、将来、何になりたいの、と聞くと、本ばかり読んでいた一人さんは、考古学者と答えました。すると、お母さんは、勉強には向いてないと思ったのか、考古学者はいいねえ、でもしょせん、昔のことだからねえ、と言ったそうです。
すると、一人さんは学者になる気がしなくなったそうで、大人になってから考えると、母は自分のことを学者よりも商売に向いていると思ってたんじゃないか、と思ったそうです。
中学になっても登校しない一人さんに、お母さんは、あんたは学校には向いてないから、きっと社会に出たほうが向いているよ、とほめて励ましたそうです。
得意なものが何もない一人さんに、「特技があると、それに縛られてしまうから、特技がないほうがいいよ、何でもできるからね、」とまたほめて励ましたそうです。
一人さんのお父さんは江戸っ子の遊び人、謡い、三味線、ギター、と何でもこなし、遊びに忙しくて働くことはしなかった人、お母さんは、一人でクリーニングなどの店を切り盛りして、七人の子供を育て10年間で9軒の家を建てるほど繁盛したそうです。
なのにお父さんを尊敬し、子供をほめて立派に育て、ほめ上手な人だったようです。

だから、子供が学校へ行きたくないと言ったら、よしよし、すぐに休ませて、お赤飯を炊いてお祝いしましょうよ。
この子は将来億万長者になるかもしれないと。

もう一つの意見としては、イジメるほうが学校で教育を受けて、同じ税金を払っているのに我が子だけが不登校だなんて負けたみたいで腹が立つ、という場合は、もし学校教育をきちんと受けさせたいと思うのなら、お母さんかお父さんが毎日学校についていって、一日中、授業参観をする、ということです。
そして、教室の後ろから、しっかりと観察をして、イジメる連中が死ねといったり、殴ったりできないように、監視するのです。殴ったら親が出て行って殴り返しましょう(笑)
いや、ほんとにそのくらいしないとダメです。正当防衛ですから。
もし、学校の側が拒否したら、担任や校長がうちの子供を守ってくれないのだから、信用できないから、イジメられないように、私が見張ります、と主張すればいいのです。

そうやって、数か月親子登校をしていじめをなくしたケースもあります。
あの皇室の愛子さんも小学校でいじめにあい、母親の雅子さんが、しばらくの間、一緒に登校して
教室で見守り、いじめを防衛したではありませんか。

今のところ、登校拒否をして家で勉強させる、あるいは、雅子さんと愛子さんのように親が学校で張り付いて守る、という以外になさそうです。
学校と教師があてにならないご時世ですからね。

ひきこもり対策 [教育]

今、日本にはひきこもり、ニーと、無職、などの若者が数十万人も存在するらしい。
大体が自宅の部屋にこもってゲームをしたりしている。
時々出かけるのはゲームを買うとか、コンビニ程度。
友人知人親戚のどこかに引き篭もりが一人や二人はいるという確率になっている。

どうしたら、そういう若者達をひきこもりから脱出されることができるのかが日本の課題の一つではないか、と
思うが、あまりマスコミは報道をしない。

たまにテレビで見ることがあるが、先日の放送では、ひきこもりが40代50代にまで広がり、中には還暦になった引き篭もり者もいるとか。

学校や社会、会社、アルバイトなどで傷ついたトラウマが癒せなくて家にこもっている場合、傷を癒しやすいように、居心地を良くするのがコツだという。
居心地がいいと益々家に居着いてしまうという心配はないようだ。

ところが旧い考えのおじいちゃん、おばあちゃんと同居している場合、とにかく外へ出て働けと口論になることが多く、全国で事件が起きている。

引き篭もりの若者が祖父母を刺してしまったりする事件である。

祖父母の時代は、のんびりしていたから、とにかく会社へ行って働けば、お茶の入れ方から掃除の仕方まで
丁寧に教えてくれた。
そのうち仕事を覚えるだろう、という長い目があったのだ。

ところが今は社員もアルバイトも即戦力を要求される。
のんびりなどさせてはくれないし、24時間働けなんていわれてしまう。
実際に過労死も起きていて訴訟も多い。
いわゆる怖ろしいブラック企業が多いのだ。

東京の神社の宮司さん曰く、
お年寄りが家から出なさいとばかり言うのも、一概には正しいとは言えない時代になったと。
家でできる在宅の仕事もあるし、仕事といっても人と接しない仕事の選択もある。

まず、引き篭もりになったら、家族は、特に祖父母は非難ばかりしないように気をつけて、充分に癒されるように居心地の良い家、引き篭もり生活を送れるようにすべき、とある本には書いてあった。
でないと、家の中もイヤだからと部屋にこもるようになってしまう。

本人が引きこもっていてはいけないと一番自覚しているのだから、そこを攻めると益々家族にも心を開かなくなってしまうのだ。

北風で上着を脱がすのではなく、太陽の暖かさで脱がすように、というのがコツのようである。





ひきこもりのライフプラン――「親亡き後」をどうするか (岩波ブックレット)


安心ひきこもりライフ


不登校・ひきこもりが終わるとき


ひきこもり500人のドアを開けた! 精神科医・水野昭夫の「往診家族療法」37年の記録